[what is…? ] 海洋プラスチックごみ:私たちとつながっている海のこと。


安価で加工しやすいプラスチックは、私たちの生活にとても身近で、あらゆるところで使用されています。このプラスチックごみ(以下、プラごみ)は、きちんと処理されないと海へと流れていき、生態系に良くない影響を与えてしまいます。「海洋プラスチック」と呼ばれるこの問題、根底にはどんな課題があり、私たちはどう考えていかなくてはならないのでしょうか。サイエンスライターの保坂直紀さんにお話を伺いました。

―「海洋プラスチック」が本格的に問題化したのはいつ頃からでしょうか?

2018年頃です。そもそも私たちの日常生活にプラスチックが使われるようになったのは、20世紀の中頃です。まだ100年にもなりません。この短い期間にプラスチックは世界中で大量に生産、消費されるようになりました。かつて日本では、ほかのごみと同じように燃やしていました。主原料は石油ですからよく燃えます。ですが、高温になりすぎるために焼却炉が傷んでしまうので、地中に埋めるようになりました。廃プラスチックのリサイクル技術が普及すると、中国はプラごみを世界中から受け入れていたのですが、2018年に輸入禁止にしました。すると、世界のプラごみは行き場を失ってしまったのです。

その少し前の2015年、国連サミットで『持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)』が採択され、その中に「海の豊かさを守ろう」という目標が織り込まれていました。海洋プラスチックが注目され始めたのはこの頃です。2018年には国連の事務総長が「プラごみを減らそう」とメッセージを発信し、主要国首脳会議(G7)では『海洋プラスチック憲章』をカナダと欧州諸国が承認しました。合わせて、「マイクロプラスチック問題」も注目されるようになりました。直径5ミリメートル以下の小さなプラスチックが海に浮遊してしまうことで、鳥や魚が誤って飲み込んでしまいます。鳥や魚の胃袋からマイクロプラスチックが次々と見つかるようになり、「海洋プラスチックは大変なことなんだ」と世界中で認識され始めたのです。

―海洋プラスチックがグローバルな問題になったということですね

「ごみの埋め立て地がない」というのはローカルな問題ですが、海の環境汚染はグローバルな問題です。海はつながっていますからね。海洋プラスチックには漁業の網みたいに大きいものもあれば、容器包装、たばこのフィルター、ストロー、飲料ボトルのような小さなものもあります。さらに、それらが砕けてできた小さなマイクロプラスチックもあります。

マイクロプラスチックやより小さなナノプラスチック(※1000分の1ミリメートル以下のプラスチックのこと)の本質的な問題というのは、人体に入ってくるところにあります。魚が餌と間違えて食べてしまい、その魚を私たちが食べてしまうこともあるでしょう。

海からだけではありません。今、私たちは繊維状のマイクロプラスチックをたくさん吸っています。空気中を漂っていますし、私たちが日常的に使っている不織布のマスクもプラスチックの繊維でできています。成人は1日に300~400個のプラスチックを摂取しているという研究もあります。多くは排泄されているはずですが、プラスチックには様々な添加剤が混ぜられていて、添加剤の中には有害なものもあります。今のところ体内に入ったマイクロプラスチックが原因で人体に被害が出たという事例は確認されていませんが、一方で、問題がないと簡単には結論を出せません。現在、マイクロプラスチックによる健康被害を世界中の研究者たちが調べているところです。

―プラスチックという存在自体が悪なのでしょうか?

本来地球上にないものを人間が作り出し、それがゴミとして海などに溜まっているわけですが、プラごみの最大の問題は「とても丈夫である」ということです。丈夫だからこそ暮らしの役に立つプラスチックは、ごみになると“長持ちするゴミ”になってしまうわけです。

プラスチックは、何年で消滅するか正確にはわかりません。ほとんどなくならないとする文献もあれば、数百年で消滅するという説もある。しかし、今のところプラスチックをごく普通に分解してくれる存在が見当たらないので、現時点では「永遠のゴミ」になると私は考えています。

ですが、すべてのプラスチックを削減すればいいわけではありません。例えば、病院で使用している注射や点滴のほとんどは使い捨てのプラスチック製品ですよね。もし、昔のようにガラス製に戻したら、煮沸消毒の作業が大変になってしまいます。使い捨てだからこそ、世界規模で新型コロナのワクチン接種ができたわけです。適正に使用し、廃棄することができれば良いのです。

―最近、「バイオプラスチック」という新たな素材が注目を集めていますが、それに置き換えれば問題は解決するのでしょうか?

バイオプラスチックには2通りあります。「バイオマスを原料としたプラスチック」と「生分解性を持つプラスチック」です。生分解性プラスチックは、土の中などに埋めておけばバクテリアが二酸化炭素と水に分解してくれます。この生分解性プラスチックは救世主のように思われていますが、現段階では温度などの条件が揃わないと分解してくれないバクテリアしか見つかっていません。それに、海は陸地に比べるとバクテリアの数がとても少ないため、バクテリアをあてにするのは難しいのです。

バイオプラスチックに期待するよりも、海にごみを流れ出させないようにすることが大切です。プラごみが陸上にあれば、まだコントロールできます。アメリカや日本はプラスチック消費量の多い国ですが、海に流れ込まないようにごみ処理が配慮されています。その仕組みがまだ整っていない新興国をサポートする必要もあるでしょう。

漁師の網漁具などは、操業中に切れたり、台風などで流れてしまうことがありますが、そもそも海に流れてしまうリスクが高いものについては、生分解性プラスチック製品に置き換えると良いかもしれません。生分解性プラスチックであらかじめ作っておけば、たとえそれがゆっくりとしか分解しないとしても、いつかは海の中でなくなりますから。

―このような大きな問題に対して、企業や個人でもできることはありますか?

スターバックスは2018年にプラスチック製のストロー全廃を発表されましたよね。私は企業がそういうメッセージを出すことは社会に大きな影響があると思っています。政治家が法律を作り、国が行動を起こすのには時間がかかりますが、企業はとても早く行動ができます。

プラスチック製ストロー廃止には、賛成・反対の様々な意見が出たかと思います。でも、もしもチャレンジしたことがうまくいかなかったら、また別のことを考えればいいんです。批判や失敗を恐れて何もしないよりはいい。企業の環境活動や行動はとても意義があると思っています。

受け取る側の個人も“アンテナ”を立てて感度を高めておく必要があります。アンテナがあれば、情報が引っかかります。アンテナがなければ、ニュースで問題が流れても何も引っかかりませんからね。

とはいえ、海のごみ拾いなどをして、「私ひとりがやっても…」という気持ちになるのはもちろん分かります。「国が厳しい法律を作ればいい」という意見もありますが、一人ひとりが「どのような社会に住みたいか」を考え、判断して行動することが民主主義の社会です。より良い社会を作るために、どんなに小さなことでもまずは個人が行動すること。それがとても大切なことだと思っています。

小さな行動の先は海洋プラスチック問題につながっていると想像する。自分の身の回りのことしかできなくても、マイバッグやタンブラーを使って、商品を買う時は環境に良い物を選択する。いきなり半分に削減するのは難しいかもしれないですが、これまでよりもきっちり分別したり、長く使ったりする。それくらいのことから始めてもいいのではないでしょうか。

石川県の金石海岸で清掃活動を行うパートナー

保坂 直紀さんプロフィール
1959年、東京都生まれ。サイエンスライター、東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所特任教授。東京大学理学部卒業。同大大学院で海洋物理学を専攻。博士課程を中退し、85年に読売新聞社入社。在職中、科学報道の研究により、2010年に東京工業大学で博士(学術)を取得。13年、同社退社。著書に『海洋プラスチック 永遠のごみの行方』(角川新書)、『クジラのおなかからプラスチック』『海のプラスチックごみ調べ大事典』(ともに旬報社)、『謎解き・海洋と大気の物理』『謎解き・津波と波浪の物理』(ともに講談社ブルーバックス)などがある。