店舗と地域が出会い、いつか目的地となる場所に。(埼玉県・上里町)


埼玉県の北部に位置する上里町(かみさとまち)。上里サービスエリア(上り線)店は、東京と新潟を結ぶ関越自動車道にあります。同店のコミュニティボードには「梨の情報」が満載。しかも、スターバックスのパートナー(従業員)たちが農作業を手伝っている様子が紹介されています。このきっかけは、町役場に送った1本のメールからでした。そのメールが、はたしてどんな物語を紡いだのか。上里サービスエリア(上り線)店と梨農家との素敵な関係をご紹介します。

町の人が誇りに思ってくれるスターバックス

毎日多くのお客様が訪れる上里サービスエリアの上り線に位置する店舖。店内のコミュニティボードには梨の情報が書かれ、梨農家の1年間の農作業をレポートしたものまであります。時には摘果した果実を展示するなど、「梨推し」のコミュニティボードです。「1年でほとんどのパートナーが梨農園にお手伝いに行っています。レポートや写真は私たちが書き、撮影したものです」とストアマネージャー(店長)の佐々木さんが教えてくれました。佐々木さんが上里サービスエリア(上り線)店にやってきたのが4年ほど前。町に縁があるわけでもなく、通勤する車窓からの風景も畑や田んぼが続く特別なものではありませんでした。

関越自動車道・上里サービスエリアの上り線内にあるスターバックス

上里サービスエリア(上り線)店は、いわゆる高速道路のSA内にありますが、高速道路以外からも歩行者が入場できるウェルカムゲートが設置されていることから、一般道経由で多くの地元の方々が訪れます。佐々木さんはお客様たちと接している中、町の人たちがスターバックスの存在をとても大切に、そして誇りに思ってくれていることに気づきました。「スターバックスが上里町のために何かできないか」。そう思った佐々木さんでしたが、当時は町との接点がありません。そこで上司に思いを伝えると、上里町役場にメールをしてくれたそうです。「何かお手伝いできませんか?」と。2021年3月のことでした。

たくさんのアイデアで溢れる会議

最初にメールを受け取った上里町役場の野崎洋平さん(総合政策課 政策調整係)は「課内でざわつきました」と言います。実際、初めの会議には6人もの職員が参加したほどです。「高齢化・人口減少、温暖化・気候変動などが進む中、多様化・複雑化していく地域課題や行政課題に対応していくためには、これからは自治体だけでなく、地域の人々や民間企業などとの連携が必須です。常日頃から“官民共創”というテーマについて考えていました」。近年、上里町は「令和元年東日本台風(2019年・台風19号)」で烏川(からすがわ)・神流川(かんながわ)の氾濫の危険性が高まり、800人を超える住民が避難をする経験をしていました。「幸いにも氾濫は免れましたが、気候変動は対策しないといけないテーマであると実感したんです。スターバックスは環境に対する様々なテーマを掲げ、課題解決に取り組む企業。そういう理念を持つ企業と町で何か連携できないかと強く感じました。」

(右端より)ストアマネージャーの佐々木さん、町役場の野崎洋平さん(総合政策課 政策調整係)
茂木卓哉さん、原田賢大さん(産業振興課 産業観光係)

一方、佐々木さんは町役場の方々と実際に会う前まで、とても緊張していたと言います。「正直、町役場に行ったこともなかったので、どんな方たちとどんなお話ができると不安で。だけど実際に会ってみると、みなさん日常的にスターバックスに寄ってくださっていて、すぐに打ち解けました」。特に、野崎さんはスターバックスの取り組みや理念を深いレベルで理解していて「驚くほどスターバックスのことを知ってくれていて驚きました」と笑います。和やかな雰囲気の中、「町の名産品である“上里梨”を使った47 JIMOTO フラペチーノ®ができないか?」「農家を巡り農作業をするアグリツーリズムができないか?」など、30を超えるたくさんのアイデアが出たと言います。この対話の中で見えてきたのが、町からの情報発信の重要性でした。

「埼玉県は住環境・観光・食などの平均点が高いので間違いなく魅力的な県ですが、個々が突出していないことや、東京都に近いことでその魅力が薄まりやすいという課題があります。当町においても同様で、魅力はあってもそれを効果的、継続的に発信するということに苦慮していました」と産業振興課・産業観光係の原田賢大さんは、そう町を分析します。

おいしい上里梨を知ってもらうには

同じ部署の茂木卓哉さんも、情報発信の課題を指摘しました。「今は梨園の高齢化が進み、廃園をする人が年々増えているんです。上里の梨は10品種以上あり、夏から年末まで様々な味わいを愉しめます。私はこのおいしい上里梨を残したいんです。スターバックスと何らかの形で連携することで、上里梨や町のPRをして、やがて新規就農までつながっていけばと思いました。」

日本国内では珍しく平地で栽培される上里の梨園。遠く見えるのは群馬や長野の山脈

まずは農業、その中でも「上里梨」を中心とした情報発信を行うのはどうだろうか。そこで名前が挙がったのが江戸時代から続く相川梨園の相川崇樹さんでした。彼は栽培だけでなく、上里梨を使った商品を企画・製造・販売し、上里梨の価値を高めているホープでした。佐々木さんが連絡をすると、相川さんは早速お店まで来てくれました。コーヒーと海外旅行が好きな2人が打ち解けるには、それほど時間は必要なかったそうです。「旅人同士はすぐに相性がわかりますから。ああ、この人は話が合うと一瞬でわかった」と相川さんは笑います。

相川さんには、かつて地元に愛着を持てない時期がありました。しかし、それを変えてくれたのが人との出会い。町から離れ、大学を出て就職し、仕事を辞めた相川さんは、欧州を中心に1年半ほど旅をしていました。その旅で豊かな郷土愛に出合います。

相川梨園のバックヤードで語り合う相川崇樹さんとストアマネージャーの佐々木さん

「当時、語学学校で出会った友人の家を泊まり歩いていました。郷土料理を食べ、親戚が集まって僕をもてなしてくれます。どんな小さな村にも誇りがあった。どんなに弱くても地元のフットボールチームを応援するんですよね(笑)。そして、お前の町はどんな所なんだい?と聞いてきます。当時の僕は上里町に魅力を感じたことはなかったんですが、ふと地元を思うと、100年の伝統を持つ上里梨が思い浮かんだんです」。旅を終えた相川さんは5代目梨農家として家業を継ぐことを決意しました。

温度のあるメッセージを送るために

上里町の梨農園は、神流川流域の砂利の上に肥沃な土が乗る水はけの良い場所にあります。全国の梨園を視察した相川さんも「こんなに平地で恵まれた環境の梨園はそうありません」と胸を張ります。果樹栽培に適した気候で、水はけも良く、梨園は平地にあって作業しやすい。全国に誇るべき「梨の王国」なのに、名前が知られていません。佐々木さんは、相川さんと共同で上里梨の情報発信をすることにしました。 しかし、パンフレットなどで調べたものでは、情報としての温度も鮮度もありません。佐々木さんは店舗で働くパートナーと共に月に一度、梨園で農作業を手伝い、それをお店のコミュニティボードでレポートをすることにしました。自ら汗をかいて、実際に体験した地元の情報。明らかに熱量が違うのでしょう。それを見たお客様から「なぜスターバックスで梨なんですか?」「こんなに種類があるんですか?」と梨トークで盛り上がり、コミュニケーションの量が確実に増えたそうです。

季節に合わせて上里梨の情報をコミュニケーションしている

「町の情報発信は断続的なものでしたが、スターバックスのコミュニティボードは継続的な魅力発信です。店舗で働く人たちが相川梨園で作業をして情報発信をしてくれている。生の声は人の心に響きます。すごくありがたいですよね」と町役場の原田さんも高く評価してくれています。

上里サービスエリア(上り線)店と相川梨園との関係はまだ1年半ほど。しかし、その出会いを通じて何十万人もの人に「上里町の魅力」をコミュニティボードで伝えることができました。今年の春、巨大な雹(ひょう)が降って多くの梨園に甚大な被害があった時には、雹によって傷ついた梨の実物を展示して、災害支援の寄付へとつなげました。このような関わりを続けてきた中で、一番変わったのは佐々木さんのようです。「町とのつながりができたことで、自分の居場所が増えたんです。通勤中、見える風景の中には必ず『相川さん』みたいな誰か人がいて、その全てに想いが詰まっていると感じるようになりました。今は、上里町のお店は多くの人にとって“経由地”ですが、情報発信することで、次に来た時に町にも下りてみようかな…。そんな風に、いつか“目的地”になれたらいいなと思います」

1本のメールから生まれたスターバックスと町・梨農家との関係。佐々木さんたちの「関わり合い」は、小さなコミュニティボードを、町の個性を伝えるメディアに変え、重要な役割を担うようになりました。これからもそのボードの中には、現在進行形の「上里町の姿」を見つけることがきっとできるはずです。

コミュニティボード以外の場所でも、相川梨園でのパートナーの年間の活動を伝えている
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「目に見えにくい特徴も大切に」スターバックスが考える『NO FILTER』な社会とは?