捨てずに直して使い続けるライフスタイルを楽しむ


スターバックスではタンブラーを再利用して新しい製品を生み出す「ループアクション」など地球資源を大切に活用する活動を行っていますが、日本には「金継ぎ」や「金繕い」と呼ばれる伝統技術があります。割れた器などに漆を用いて修復し、金などの金属粉で装飾します。漆の乾燥には時間を要するため、全工程を終えるには数ヶ月を要する手間のかかる技術です。割れた焼き物を捨てるのではなく、金継ぎによってリユースすることで、修繕に加え新しい価値が生まれます。時代の空気が求めているからでしょうか。古くて新しいリユースの文化として世界からも注目されています。

リユースに取り組むということは、環境のためということを超えて、どのような心地よさがあるのでしょうか。金継ぎに取り組み、またサステナブルなライフスタイルを楽しむ渡辺敦子さんにお話を伺いました。

純粋に、心地よい生き方を探し続ける

長野県の森の中に佇むログハウス。お話を伺ったこの日はちょうど雨。しっとりとした雨霧に包まれたここは渡辺さんのアトリエです。渡辺さんは金継ぎをした器を販売する、「Zen」(繕)というブランドを主宰しており、早速金継ぎの作業を見せてくれました。そっと皿を持ち、漆を含ませた筆を動かします。この間、筆がぶれないように渡辺さんは無呼吸。「集中力のいる作業の時は音楽も流さず作業に没頭していることが多いですね。あっという間に時間が過ぎていくんです」。

現在は金継ぎをする渡辺さんですが、大学卒業後、日本画や陶芸を学ぶなか、美術用品を買いに通っていた益子(栃木県)であるお店に出合いました。そこでは身の回りの手に届く範囲の暮らしを豊かにする食べ物、器、衣類などを取り扱っていました。それは、渡辺さんの頭の中に漠然とあったイメージが現れたような場所でした。

「卒業後、そのお店で働きました。時折、欠けた陶器を金継ぎで直してもらうことがありました。それが金継ぎとの出合いです」。

そうお話してくれたように渡辺さんにとって金継ぎは、気持ちのいい生き方を模索しているなかでの小さな出合いの一つでした。

「もちろんサステナブルなことに興味はありました。ただ、環境にいいかどうかを考えてというより、好きなものを通しながら、純粋に自分にとって気持ちのいい方を選んでいるという感覚でした」。

その後、ファッションと生活雑貨の店を立ち上げ後、出産を機に遠野(岩手県)で田舎暮らしを始めます。子どもとの生活や自分にとっての心地良さを考えて、無理のない選択をする。そして、引っ越し後本格的に金継ぎの技術を学びました。

好きだからこそいつまでも、そばに置いておきたい

金継ぎは割れた器に新しい命を吹き込みます。しかし、形を直すだけであれば接着剤を使用すればいいでしょう。なぜ、長い時間と手間を要する金継ぎを施すのでしょうか。

「食器は口に付けるものだから、できる限り自然素材を使いたいんです」と渡辺さんの答えは極めてシンプル。その言葉の背景には彼女の原体験が関係していました。「昔から肌が弱く、一般に売られているような洗剤やコスメが使えなくて、自分で商品を探し、選ばなくてはならなかったんです。それで、商品の背景を考えたり、成分に何が入っているかをチェックするようになりました」形だけを繕うのではなく、器が安全で長く使えるようにと考えて金継ぎは施されています。時間やお金というコストがかかってしまうのに金継ぎをしてほしいと預かる器には、思いの詰まった物が多いそうです。単純に「長く使おう」というだけでなく、「好きだからこそいつまでもそばに置いておきたい」という気持ち。生まれ変わった器は、これからも家族によって代々引き継がれていくのかもしれません。

より良い物を選択し、大切に使う。そして壊れたら可能な限り安全な方法を用いて修繕する。そうすれば、その人や家族の歴史の一部になっていくはずです。

物の背景を想像するということ

部屋の中を見渡すと、個性の違う食器や家具が心地よく調和して並んでいます。中には、友人のアーティストによる海に着いた廃材でつくったオブジェも。ここには、様々な出合いを繰り返しながら「気持ちいいと思える選択」をしてきたからでこその空間が広がっています。

「ひとつ環境にいいことをはじめると、それは連鎖する」と渡辺さんは言います。生活も、金継ぎというリユースに関わるようになってから、庭でコンポストを試してみたり、ものを選ぶ基準が変わったりと、ライフスタイルのポジティブな相乗効果がはじまったそうです。

渡辺さんの友人のアーティストが作った海岸に届いたゴミを再利用したオブジェ

割れた器の多くは捨てられてしまいます。しかし、「好き」という気持ちからリユースを選択すれば、手間やコストがかかったとしても金継ぎを施し、世界で一つのものとなって、長く使っていくはずです。コーヒーを飲む渡辺さんの手元のカップも金継ぎが施され、控えめな輝きを放っていました。

「金継ぎをした器をお渡しすると、前より素敵になったと言っていただけます。そういう反応を聞くと、本当に嬉しいですね」。リユースの美しさに触れた人が増えていく。そうすることによって、世界は少しずつ良い方向に進むのでは。渡辺さんはそう信じています。

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ママ・パパがほっと一息つける地域の居場所を作りたい(神奈川県・綱島)