人から人へ、その一杯がカップに注がれるまで


スターバックスは現在、世界約30ヵ国から年間約35万トンのコーヒーを調達しています。そして、それらをもとに世界80ヵ国以上の店舗に届けるコーヒー豆の品質を管理しているのが、スイスにあるスターバックス コーヒー トレーディング カンパニー(以下SCTC)。そこはまさにスターバックスの“農園から一杯のカップまで(Farm to Cup)”の“から(to)”の部分を一手に担う、生産地からお客様への架け橋的な存在です。そんなSCTCでコーヒーバイヤーを担当するエリオット ベンゼンさんは「コーヒーの仕事は人とのつながりが一番大切」と語ります。

コーヒーが、生産地からお客様のカップに注がれるまでの長い道のりを紐解きながら、エリオットさんが日々どんな想いで人と人をつないでいるのかを伺いました。

何杯飲んでも尽きることのないコーヒーへの情熱

SCTCでは、世界中のスターバックスで使用するコーヒーの購買量を管理し、出荷前には必ずすべての豆の味を確認します。取引先から送られてくる新しい品種の豆や新しい生産地の豆のサンプルなども日々届き、エリオットさんたちが1週間にテイスティングするコーヒーの数は、平均280種類にも上ると言います。

「たぶんこれは誰にでもできる仕事ではないと思います。味や匂いの違いを敏感に感じ取れる人でなくてはいけません。もちろんそのためのトレーニングはしっかりやります。たくさんの訓練を積み重ねて、嗅覚を鍛えたりもするんですが、一番難しいのは、実際に口の中に入れた味がどんなものなのか頭の中でシミュレーションして言葉にすることです。

例えばコーヒーを一杯飲んで、“すごくおいしい”と言うのは簡単だけど、 “なぜおいしいのか”と聞かれたら、私たちはコーヒーの味を具体的に説明できなければいけないんです」

エリオットさんをはじめ、SCTCの多くのパートナー(従業員)は、『Qグレーダー』というコーヒーの評価ができると認定された技能者。世界中のスターバックスに多数在籍している『Qグレーダー』たちは、品質について共通言語で話すことができます

「シアトル本社のコーヒーの品質チームとも密にコミュニケーションを取って、コーヒーの品質確認を一緒にやっています。スイスとシアトルで、お互いに同じ感覚をもってテイスティング(評価)をしているか知るために、どんな豆かの情報なしにサンプルを送って同時にライブでテイスティングをして、オンラインで意見交換をしたりもしています」

「私にとってコーヒーは情熱」と言うエリオットさん。元々おいしい食べ物や飲み物が大好きで自身を『Foodie(グルメな人)』と呼びます。それは今の仕事にとても役立っていると言います。日々数十種類のコーヒーをテイスティングしますが、飽きることなく、探究心は深まるばかり。

「コーヒーは絵の具のパレットのように、多種多様な風味をもっています。世界中から様々な風味や味わいがどんどん出てくるので、すべて味わってみたいという気持ちになるんです。

そして、常に新しい生産地や新しい加工方法も出てきます。とにかく新しく学ぶことが次々と出てくるんです。 コーヒーのプロフェッショナルとして自分自身を磨き続けることが喜びです」

より高品質なコーヒーを生み出すために

SCTCは、常に新しく高品質なコーヒー豆も探し求めていますが、時にはスターバックスの基準に満たない品質の豆と出会うこともあります。しかし、それでそのコーヒー農家との関係は終わりではなく、品質を上げるためにできることを一緒に考えていくのもSCTCの重要な役割です。

例えば、15年ほど前のこと。ロブスタ種というコーヒー豆の生産が盛んなベトナムのサプライヤー(輸出業者)から、スターバックスで取り扱っているアラビカ種の生産を始めたので購入を検討してほしいという連絡があったそうです。しかし、当時のバイヤーの判断では、それは私たちが求める品質に達していませんでした。そこからスターバックスとベトナムの農家との関係がスタートしました。

「ベトナムではロブスタ種を収穫する時に、『ストリップ』という、一度にすべてのコーヒーチェリーを枝から手でしごき落とす方法で収穫をしています。彼らはアラビカ種を収穫する時にも同じように収穫していたので、完全に赤く熟したコーヒーチェリーを選別しながら1つ1つ手で獲る『ハンドピック』を、サプライヤーやアグロノミスト(農学者)の協力を得て、教えました。そして、コーヒーチェリーを収穫から洗浄、加工、乾燥というすべての工程でベストな品質を保てるように見ていきました。正しい方法で管理することで必ず品質が向上します。

そうやって、ベトナムの農家から実際に生豆を購入するまで2、3年かかりました。今では、ベトナムのコーヒーは非常に高品質で、スターバックス リザーブ® のコーヒーとしてベトナムのコーヒーを取り扱ったこともあります」

スターバックスが目指すエシカルな循環

スターバックスにとって、「コーヒーの品質」はとても重要ですが、農家との関係はそれだけではありません。2004年に開始したエシカルな調達のためのプログラム『C.A.F.E.プラクティス』では「品質基準」に加えて、「経済的な透明性」「社会的な責任」「環境面でのリーダーシップ」という4つの柱を元に、サプライチェーンや農家に対して厳格な評価項目を設けています。先ほどのベトナムの例と同様に、よりこれらの項目における向上を目指す生産者たちとの関係構築にも力を惜しみません。

「サプライヤーが農家との取引内容を開示しなければ、そのコーヒー豆は買うことができません。農家の方々が適正な代金を受け取っているかどうか確認することをとても重視しています。でもこのプログラムは、いわゆる『認証制度』ではないんです。第三者がきちんと評価し、何か問題があれば改善策を提示します。

ですから、例え評価の結果が低スコアであっても、必須項目への違反が無ければプログラムには参加できます。逆に、評価のスコアが良くても、化学物質を使っていたり、児童労働をやっていたりといった必須項目の違反が判明したら容認はできません。それを辞めて本当に私たちと一緒に働きたいか、良い農家になるためのサポートを受けたいかを確認して話し合います」

品質だけでなく、エシカルに正しく地球環境にも優しい、そんなコーヒー豆だけが店舗に届けられる仕組み。何十年もかけてスターバックスが築き上げた生産者との深いつながりによって、今、エシカルな循環が実現しています。

しかし近年は、気候変動がコーヒー生産にも多大な影響を与えています。解決すべき課題はまだあります。

「気候変動によって、2050年までにコーヒーを栽培できる土地が50パーセント以下になるというレポートも出ていますね。確かに課題はありますが、私はそんなに悲観的にはなっていません。

スターバックスには、コスタリカに独自の研究施設あって、そこではこれまでの研究をもとにさび病に耐性のある新しい品種の苗木を作ることに成功しました。気候変動も同じだと思っています。雨が多すぎたり少なすぎたり、日光が強すぎたり、それぞれの気候条件に合う苗木を開発し、悪条件を乗り越えていくことはできると思っています」

コーヒー栽培に関する様々な研究が行われているコスタリカの自社農園

実際、気候変動の影響は受けながらも、この30〜40年間、コーヒーの需要とともに生産量はどんどん増えていると言います。

『Scale for Good』世界に良い変化を

困難な課題にも挑戦をし続けるエリオットさんにとって、この仕事で一番やりがいを感じるのは「生産地に行って、農家の方々と話す時」だと言います。

「普段は、パソコンの前に座って電話でやり取りしていることが多いので、実際に生産地で彼らの話を直接聞ける時は本当にワクワクする瞬間です。人とのつながりは私の仕事の大部分です。彼らがいなければ、私は今の仕事はできませんし、コーヒーを楽しむこともできませんから。

コーヒーを育てるのは簡単ではなく、コーヒー農家になるのはとても難しいんです。一杯のコーヒーをお客様に提供するまでには、とてもたくさんの労力が必要です。農家の方だけでなく、バリスタも、ベストな品質のコーヒーを提供するために力を注いでいます。すべての人のつながりによって、農家からずっと先のお客様にコーヒーが届けられるのです。

スターバックスは、『Scale for good』という言葉をよく使います。それは私がここで働くことが好きな理由の一つでもあります。私たちのスケールの大きさを、地球にも生産者にもコーヒー業界にも、世の中に良い変化をもたらすために使っていきたいんです。

お客様には、スターバックスのコーヒーがどこからどのように来て、私たちがどのような方法で調達しているのか知って頂きたいです。なぜなら、私たちがきちんとサステナブルであるかどうかを、コーヒーを飲んでいるお客様も知る権利があるから。そして、私たちの取り組みに共感してくれたお客様一人ひとりの存在が世界に変化をもたらしているのです」

人々の想いがつまったコーヒーがあなたのカップに注がれ、一口飲むごとに、世界が少しずつ良い方向に向かっていく。そんな風に、その一杯に関わる多くの人々とお客様と一緒に、スターバックスはこれからも進んでいきます。

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