JR国立駅で手話講座。サイニングストアから広がるNO FILTERの輪(東京都・国立市)


聴こえる人と聴こえない人がともに、手話を使って働く、スターバックス コーヒー nonowa国立店。世界で5番目、日本初のスターバックスの“サイニングストア”として、2020年6月末にオープンしてから、2年以上が経ちました。

誰もが自分らしく生きられる社会を目指して、互いを認め尊重し合い「NO FILTER」の輪を広げるスターバックスのインクルージョン&ダイバーシティを象徴する店舗のひとつ。その存在が発するメッセージは、少しずつ店舗の外へと波及し始めています。

JR国立駅の改札を出てすぐ、駅直結の商業施設「nonowa国立」に看板を掲げる本ストア。明るい光が入る開放的な店内には、赤ちゃんとお母さん、部活帰りの中高校生、買い物を済ませた年配の方……多様な人たちが集い、ドリンクを片手に想い想いに過ごしています。

決して“特別”ではないこの場所から、どんな波紋が広がっているのでしょうか。

聴こえない人も、ともに働き暮らしている。手話講座のはじまり

「nonowa国立にスターバックスがオープンする前までは、聴こえない人の存在に意識を向けることができていませんでした」

そう話すのは、駅と商業施設を一体的に運営するJR中央線コミュニティデザインの「nonowa国立」でお客さまサービスを担当する村山 晃太郎さん。普段から構内や窓口で駅の利用者と接しています。

手話で話す村山さん

「サイニングストアをきっかけに、ろう者をはじめ障がいのある方が駅を利用し、ともに生活をしているという共生意識が芽生えました。私たちのお客さまの中には、聴こえない人たちもいらっしゃる。それまでも筆談で対応していましたが、どうしても身構えてしまって。障がいのあるお客さまのサービスを向上するために何ができるかを考えるようになりました」

国立市には、ろう学校や障がい者スポーツセンターがあり、サイニングストアがオープンしてからは、遠方から訪れる障がいのある人たちの駅利用も増えました。村山さんたちは、聴覚に障がいのある方を含むより多くの利用者に寄り添うため手話を学びたいと、スターバックスのパートナー(従業員)に「手話講座」を打診します。

「2021年3月、試験的に、社内勉強会にスターバックスのパートナーさんをお招きして、挨拶、自己紹介といった手話の基本を教えてもらったんです。参加した社員からは、1回きりではなく定期的に開催してほしいという声があがったので、それ以来月に2度、引き続きパートナーさんを講師に迎え、手話講座を開いています」(nonowa国立 マネージャー 細川 博忠さん)

nonowa国立マネージャーの細川さん

手話講座には、録画視聴も含め全社員が参加。学びが進むにつれ、駅を利用する聴覚障がいのある方とのコミュニケーションの機会も増えています。遅延が生じた際には、構内放送が聴こえず立ち止まる方に、正しい手話でなくても咄嗟のジェスチャーでバスを案内した社員の姿も見られました。

手話は言語。言葉を知り、コミュニケーションを通して、相手を知る

2年目に入った手話講座では、スターバックスのパートナーとお互いの理解を深める座談会も開催。「お酒」や「アニメ」など手話でお互いの好きなことを伝え合いました。

「いつも楽しい雰囲気で学ばせてもらっています。手話という言語を覚えて、聴こえない方ともコミュニケーションを取れるのが純粋に嬉しいんです。サイニングストアで当初、言葉を知らない僕はうまく伝えられずもどかしさを感じることもありました。そこから手話を学び、カスタマイズの表現の仕方も教えてもらって、スムーズに注文できるようになった。今も駅でお客さまに対応する中でわからない手話表現があった時は、お店に聞きに行かせてもらっています」

そんな村山さんにとって、スターバックスのパートナーは、nonowa国立という同じ商業施設で働く仲間でもあります。 「初めてサイニングストアを訪れた際、パートナーさんの表情が豊かで、気持ちの良い接客を受けて、感動しました。楽しそうに働く、明るい空気感も伝わってきて。同じ接客業として見習いたい、と刺激を受けています」

「できる・できない」ではなく「する・しない」の選択肢を

交流を重ねていく中で、手話講座の講師を務めるスターバックスの佐藤さんから、ある提案がありました。年に2回実施しているnonowa国立全体の防災訓練に“手話通訳士”を呼んでほしい、と。

「ご意見をいただいてハッとしました。nonowa国立で働く駅社員やスタッフには、災害時、お客さまを安全に避難誘導する役割があります。だから、消火器の使い方や誘導の仕方など防災スキルをきちんと学びたい。言われるまで気がつけませんでしたが、当然のことですよね。訓練内容は事前に書面にして渡しますが、説明しきれないこともありますから。以来、防災訓練では外部の手話通訳士を派遣し、ボードで避難誘導をする体制も整えています」(細川さん)

提案をした佐藤さんは、学生時代のアルバイトから社員となって、サイニングストアの立ち上げ時から働いているパートナーのひとり。

「私たちは、『する・しない』の選択肢がほしいんです。防災訓練でも、手話通訳士がいなければ、聴こえない私たちはそもそも参加できないし、参加しても適切な情報が得られず、災害時にお客さまを誘導できない。音声コミュニケーションを前提とした社会の中で、聴こえない私たちは『できる・できない』の選択肢に置かれることがほとんどです。でも、手話や何かしらの工夫があれば、『できる・できない』ではなく『する・しない』を選べるようになる。そういう選択ができる社会が広がっていったらいいなと思います」

表に立つ接客業も、聴こえない人にとっては「できる・できない」の選択になってしまうかもしれません。でも、スターバックスでは全国で59人の聴覚障がいのあるパートナーが働き(2022年6月1日現在)、nonowa国立の店舗では、28人のうち半数以上(15人)が聴覚に障がいのあるパートナーです。

「手首で振動を伝えるデジタルウォッチ、デジタルサイネージ、筆談具といった機材のサポートはありますが、それ以外のオペレーションは他店と変わりません。聴覚に障がいのあるパートナーも聴者も同じ条件で働いていて、聴こえないことで何かができないってことは全然なくて。もちろん言語が違うから、伝わりにくい瞬間もあるし、時間がかかることもありますが、お互いに理解したいという気持ち、コミュニケーションでそのハードルは超えていくことができます」(スターバックス コーヒー nonowa国立店 ストアマネージャー(店長)・渡辺さん)

言葉が違っても、コミュニケーションを断たず、歩み寄って共存する

「オープンしたばかりの頃は、“聴覚障がい者が働く、聴覚障がい者のための店”と福祉的なニュアンスで捉える方が多かったように思います。でもここは、聴者と聴覚に障がいのあるパートナーがともに働き、音声と手話でコミュニケーションが生まれる場所。誰もが利用でき、他と違う“特別な場所”ではありません。

2年経って、徐々にお客さまとの関係性が育まれ、街に溶け込んできたように感じます。当初は注文に戸惑う人もいましたが、今はわざわざ説明することもなく、自然にコミュニケーションが取れるようになってきた。カスタマーボイス(お客さまアンケート)で私たちに対する表現も、“手話が使える人”といった言葉に変わってきています」(佐藤さん)


その日、駅の改札前には遅延を知らせるホワイトボードが立っていました。nonowa国立の休憩室には、簡単な手話の挨拶表現が学べるチラシが貼ってあります。

nonowa国立(JR国立駅)が目指す姿は、日常の挨拶や接客の中に抵抗なく手話を取り入れること、手話でのコミュニケーションが標準化されていること、お客さまとスタッフの間で手話を使った会話が自然に生まれていること。そのため、手話講座は駅社員のみならず、nonowa国立のショップで働くスタッフにも開かれています。そして、村山さんは今後、地域の人たちに簡単な手話を教えられる「“手話のお兄さん”になりたい」とやさしく意気込みます。

店舗から駅、そして街へ。聴こえる人と聴こえない人の間に境界線がない「NO FILTER」の輪がさらに広がっていくことを願っています。

部下の熱意に理解あるnonowa国立支配人(JR国立駅長)・桑原 雅美さん(真ん中)を囲んで手話で会話をする村山さん・細川さん
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