[What it…?]子どもの体験格差:連鎖するもうひとつの貧困

子どもの頃に絵を描いたり、誰かに憧れてスポーツをしたり、音楽に熱中したり、そういった勉強だけでは得られない「体験の機会」は、大人になったいまでも自身の人生の糧となり、時には道標になるような存在です。
2012年度からお客様とスターバックスがともに取り組んできた寄付プログラム『ハミングバード プログラム』。東日本大震災で震災遺児となった子どもたちの進学支援から始まり、経済的困難にある若者や子どもたちを対象とした教育支援を行ってきましたが、2025年度は子どもたちの「体験支援プログラム」に進化して支援の取り組みを行います。
いま、日本では家庭の事情により子どもたちが十分な「体験の機会」を得られないことが社会課題になっていることをご存知でしょうか。
ハミングバードプログラムを通じてスターバックスが支援をしている公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(以下、CFC)が、2022年にこの課題現状を知るべく全国の小学生の保護者を対象に『子どもの「体験格差」実態調査』を実施しています。CFC代表理事の今井悠介さんに、調査によって見えてきたこと、まだまだ目を向けられていない日本社会における体験の貧困について、そして改めて子どもにとってなぜ「体験」が重要なのかお伺いしました。
いま日本の子どもたちが抱えている「体験」に関する課題とは何でしょうか?
まず、「子どもの体験」といってもその内容は様々です。学校の部活でスポーツや芸術に触れることに加えて、例えば地域のサッカークラブやピアノ教室に通うことや旅行に行くこと、あるいは地域の行事に参加することなど、学校外にも様々な体験が存在しています。しかし、子どもたちが家庭の状況を理由に体験を得ることが難しく、家庭によって学校外での体験の機会に格差が生じることを、私たちは『体験格差』と呼んでいます。

2022年にCFCが実施した『子どもの「体験格差」実態調査』 では、低所得世帯では体験の機会が平均的に少ないというだけではなく、直近一年間で学校外での体験が「ひとつもない」という「体験ゼロ」の子どもが約3人に1人はいるという結果になりました。体験の機会を得られない理由の多くは家庭の「経済的理由」が占めます。
例えば、私たちが見てきた子どもたちの中には「サッカーをしたい」と親に泣きながら打ち明けた子や、文化祭でピアノを弾く生徒を見て「やってみたい」と思っても親に言い出せない子どもがいました。経済的に余裕がない親の姿や家庭状況に身を置いている子どもたちにとって、自分のやりたいことを素直に表現するのは容易ではありません。

子ども時代の「体験」の差はどのような影響を生むのでしょうか?
何かを「体験する」ということは、人生のあらゆる場面で「選択肢が増える」ことなのではないかと思います。ある沖縄のNPOがさまざまな困難を抱える子どもたちを北海道旅行に連れて行った時、子どもたちにとって初めての旅行だったにもかかわらず、北海道に到着しても地元の沖縄にもあるチェーン店やアニメショップにばかり行きたがったという印象的な話があります。様々な体験に触れてきた機会が少ないと、「北海道に行ったらこれをしてみたい!」という新しい選択肢を思い浮かべることができません。私は「貧困=選択肢がない」ことだと思っています。

調査によると、親自身が子ども時代に十分な体験をしていたかどうかによって、子どもの体験機会に差があることがわかっています。自分が一度もキャンプに行ったことがないために、キャンプの何が楽しいのかがわからず、同じ時間やお金があったら他のことに使いたいという方にも出会いました。個人の価値観に良い、悪いは一概に言えませんが、やってみたいと思っている子どもの体験に親の価値観や経験が大きな影響を与えることには目を向けなければいけません。
つまり、経済的な貧困というのは、「現在の体験の機会」を損なうだけでなく、「将来の選択肢」をも狭めてしまいます。貧困によって次世代に引き継がれるのは、選べるはずの選択肢を想像することができない、もしくは気づくことができないこと。これが体験格差を生む大きな原因のひとつであり、「貧困=選択肢がない」と捉えることが重要だと感じています。反対に、子どもたちが多様な経験を得られるような社会であれば、彼らの選択肢は広がり、未来への道も開かれると私たちは考えます。

そのような子どもたちを支援する際に、「体験」の機会を提供することの効果をどのように感じていらっしゃいますか?
新しい体験というのは、子どもたちの興味や関心の幅を広げ、感受性や自尊心を育みます。CFCの活動を通じて体験の機会を得た子どもたちにアンケートをしたところ、7割の子どもが「体験活動に参加することで自信がついた」と答えました。挑戦する気持ちが強くなったり、友達と仲良くなったりするなど、社会関係が広がったという声もありました。また、親にとって子どもから離れる時間や家族以外のコミュニティを持つことが、精神的な健康につながる場合もあります。

私自身も子どもの頃にキャンプに行って大学生に遊んでもらったり、ミニバス教室に通ってバスケをしたことなど、「いろいろな自分に出会えた」ことが大切な体験だったと実感しています。
多様なものごとに触れ、体を動かすことを通じて、子どもたちはうれしさやわくわく、悲しみ、悔しさといった感情を知ります。体験による気づきが感性を磨き、感性が豊かになればさらに多くの気づきが得られる。このようなサイクルが「体験」というものにはあると私たちは考えています。
ただし、『体験』の目的は必ずしも成長のためだけではありません。体験そのものにある楽しさや面白さを感じながら、それが結果的に子どもたちの成長につながっていくことが大切だと思うのです。

体験に関する支援としてどのような取り組みがありますか?
CFCでは、経済的な理由で学校外教育を受けることができない子どもたちを対象に『スタディクーポン』(利用券)を提供する取り組みをしていますが、そのクーポンを使って自分の通いたい塾や習い事を選択し、学びの機会を得ることもできますし、勉強だけではなくスポーツや音楽などの習い事にも利用することができます。
その他に『ハロカル奨学金(以下、ハロカル)』という取り組みを始めました。ハロカルには、「ハロー・カルチャー(=文化と体験の出会い)」と「ハロー・ローカル(=地域の大人との出会い)」という2つのメッセージを込めていて、この奨学金では経済的に厳しい家庭の小学生を対象に、スポーツや音楽・芸術活動といった「体験活動」に利用できます。各地のNPOとも連携し、ご家庭への相談支援などを行い、子どもたちを地域で支えていくことを目指している取り組みです。

昨年には、『ハロカルホリデー』という取り組みも実施しました。支援を受けることはどうしても「貧困家庭」のイメージが強くなってしまいます。そのため、もっと保護者にとって自分の子どもたちがライトに参加できる機会をつくりたいと考え、スターバックスの支援でトライアルとして墨田区の小学生全員を対象に5000円分のクーポンを提供しました。ハロカルホリデーは、手続き面で参加のハードルとなっていた「所得審査」をなくすことで、どんな子どもでも分け隔てなく参加できるような仕組みにしています。体験プログラムは地域の商店街や施設、クリエイターの方々に提供してもらい、街全体で200以上の体験が生まれました。
「相撲部屋の見学」「銭湯の掃除」「カバンづくり」、そしてスターバックスの「バリスタ体験」など、地域に密着した体験を子どもたちは様々に楽しんでいました。子どもたちと地域の人たちとの間に関係が生まれると、「あのときの人だ」「どうも、こんにちは」という会話が自然と増えていきます。家と学校だけでなく、地域の中でも顔見知りが増えることは彼らにとっておもしろいことですよね。昔のご近所付き合いのような感覚を今でも大事にしたいです。

このような子どもの体験の課題に対して、個人でもできることはありますか?
何より大切なのは、一人ひとりが「社会的な視点を持つこと」だと思います。もちろん個々のできることには限りがありますが、企業の取り組みに参加することも良いと思います。2020年からスターバックスさんと一緒に取り組んでいる『ハミングバード プログラム』という寄付プログラムは、対象のスターバックスカードを使って一杯のコーヒーを買うことで売り上げの一部が寄付されます。こうした参加の仕組みがあることは、社会を知るいいきっかけになりますし、個人で支援できるひとつの入り口だと思います。このような取り組みを通じて支援する課題への意識を持ちながら生活してみることが、社会全体を良くしていく一歩になるのだと思っています。

Profile
今井 悠介 いまい・ゆうすけ
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事。小学生の時に阪神・淡路大震災を経験。大学在学中に不登校児童の支援等に携わる。卒業後、KUMONを経て、東日本大震災を契機に当法人を設立・代表理事に就任。全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事、学校法人軽井沢風越学園評議員等を務める。著書『体験格差』(講談社現代新書)。