多様な人が集まるこの街で、私たちの存在を示したい


家族で一緒に働くパートナー(従業員)が多いのは、スターバックスの特徴のひとつ。ともに聴覚障がいのある八寿子さん、優瞳(ゆうみ)さん親子は、2年ほど前から、渋谷区内の店舗で働いています。偶然にもほぼ同タイミングでアルバイトに応募したふたりは、店長からの打診により、同じ店舗で働くことになりました。

家族と働くことに最初は抵抗があったそうですが、実際に働いてみると、一緒に悩みを解決しながらサポートし合い、ともに向上できる関係に。そんなふたりは、日々どんな風に協力し合って働いているのでしょうか。

母と娘ではなく、ともに働くパートナーとして

日本一号店が銀座にできた時から、スターバックスによく行っていたと言う母の八寿子さん。最初は「普通の喫茶店とは違う雰囲気」に惹かれて訪れたそうですが、パートナーの接客に感銘を受け、通い続けるようになったと言います。

「当時(20年ほど前)は聴覚障がい者に対しての理解はまだまだの時代でしたが、スターバックスのパートナーたちは人として平等にコミュニケーションを取ってくれて、とても感動しました。それ以来、カフェと言えばスターバックス。家族もよく連れて行くようになりました」(八寿子さん)

そんな八寿子さんに連れられ、娘の優瞳さんが初めてスターバックスを訪れたのは小学4年生の時でした。

「パートナーの方が筆談で優しく対応してくれて、本当に嬉しかった思い出があります。その時のお店の雰囲気がすごく良くて、そこから毎日のように通いました」(優瞳さん)

ふたり以外の家族も全員スターバックスのファンという一家。ある日、同じく聴覚障がいのある優瞳さんの妹がアルバイトに応募し、採用が決まります。母の八寿子さんはそれまで「スターバックスは大好きだけど働くには壁があるかな」と遠慮していたそうで、「下の娘が受かってびっくり」だったと言います。

その後、一生懸命働く娘(妹)の姿に触発されたふたりは、申し合わせたようにほぼ同時期にアルバイトに応募。その事実は、店長からの返信で初めて知ったそうです。

「お互いに、“えっ?ホントに?まさか!”みたいな感じでした(笑)。一緒の店舗で働くことを提案された時は、ちょっと戸惑いましたね」(八寿子さん)

「私も少し抵抗はありました。でも同時に、聴覚障がい者同士で一緒に働けるという嬉しさもあったので、やってみようかなと思いました」(優瞳さん) そしてふたりは、親子としてではなく、パートナー同士として店舗に立つことを決意しました。

みんな同じ人間だから、どんな時も自然体で

まずは娘の優瞳さんが働き始め、2ヶ月後に母の八寿子さんが入社。若くて覚えの早い優瞳さんを見て、八寿子さんは焦ったこともあったと言います。しかし、お互いに助け合うことで、とても心強い仕事仲間になっていきました。

「一緒にシフトに入った時、分からないことを優瞳に聞いて、手話で説明してもらえてとても分かりやすくて助かりました。家でも仕事のことで分からないことを色々教えてもらっています。働く様子を見られて、母として娘の成長ぶりに感動するところもありました」(八寿子さん)

「私は最初、お客様と全部筆談でやりとりをしていたのですが、母が入ってから、母の行動を見て、筆談に頼るのをやめました。実は、身振り手振りでコミュニケーションが取れるようになったのは母のおかげです」(優瞳さん)

その話を聞いた八寿子さんは「全然知らなかった」と照れながらもとても嬉しそうでした。普段は口には出さなくても、一緒に働くことでお互いに学べることは多く、困ったことや分からないことをふたりで話し合う中で、もっと業務を円滑に進めるための新しいアイデアも生まれます。

「家では新作ドリンクの作り方を確認し合ったり、お客様やパートナーとのコミュニケーション方法について、“こんな時はどうしてる?”と聞いたりしています。他のパートナーと全部手話で話すのは大変なので、一言で表現できる指文字を一緒に考えたりもしました」(優瞳さん)

ふたりが考えた指文字には、スターバックス内でよく使う用語の略語もあり、それを他のパートナーたちにもシェアしているそうです。例えば、レジなら『R』、ドリンクのバーは『B』というように、誰でも簡単に覚えられる1文字を決め、その指文字をビデオに撮ってグループチャットに投稿しました。それを見たパートナーたちが実際に店舗で使ってくれて、共通言語が増えていると言います。そうやって積極的に提案することで、双方が働きやすい環境を生み出しているのです。

「私はもともと人見知りでしたが、スターバックスで働くことになって、自分の中で覚悟を持って仕事しようと決めたんです。最初は緊張しましたが、自分のひとつの成長として、周りの目を気にせず、苦手なコミュニケーションを克服したいと思って色々試しているうちに、人とコミュニケーションを取ることが好きになりました」(優瞳さん)

聴者と聴覚障がいのあるパートナーがともに、手話を使って働くスターバックスの“サイニングストア”であるnonowa国立店とは異なり、ふたりが働く店舗では、聞こえないパートナーがいるとは知らないお客様がほとんどです。特に同店は渋谷区内に位置し、若い人から高齢の方、外国人など様々な人が集まる店舗。そんな環境だからこそ、ふたりは自然体であることを心がけ、気負いなく、お客様と接しています。

「注意していることは、とにかく“自然に接客する”ということです。特別なことはせず、自然に笑顔でいつも通りに。私が聞こえないと分かるとお客様の表情がちょっと固くなってしまうこともありますが、それをほぐしていけるように、笑顔だけでなく表情で伝えたいことを表わせるようにすることで、スムーズなコミュニケーションが取れます」(優瞳さん)

「聞こえる人も聞こえない人も同じ人間ですので、気持ちもみんな同じだと思うんです。緊張するのも分かりますが、優瞳が言うように、わざわざ何かをするのではなく、お客様を一人の人として見て、その状況に合わせて接客をすることが大事だと思っています」(八寿子さん)

店舗の雰囲気の良さや多様性を象徴するふたり

他のパートナーたちは、「八寿子さんの笑顔は真似できない」「優瞳ちゃんはすごく親しみやすくて、もっと話したいなと思わせてくれる人」と語ります。そんなふたりはインタビュー中もずっと柔らかい表情で、相手を丸ごと受け入れるような微笑みで話してくれました。

ふたりの豊かな表情や温かい目線、そして、能動的に動くことで自ら壁を崩し、相手がコミュニケーションを取りやすいように導く姿勢は、関わる人たちが自身のコミュニケーションを見直すきっかけにもなっているそうです。

「他のパートナーも、みんなが音声を使ったコミュニケーションだけじゃなく、“身振り”や“顔の表情”全体で表現することを意識するようになって、お店の雰囲気も良くなり、お客様にも“より歓迎されている”と感じていただいているのではないかと思います」(同店シフトスーパーバイザー/時間帯責任者 ※取材時 角田さん)

ふたりがいることで、お客様もパートナーも、いつもより少し深いコミュニケーションが体験でき、ふたりにとっても、そこに存在できることがアイデンティティを示すことにつながっています。

「多様な人が集まるこの場所で、人として尊重する気持ちを態度として示すこと、その中で聞こえない私という存在を見せていくことが、スターバックスで私が働く一番の意義だなと思います」(八寿子さん)

「私も自分らしく誇りを表しながら働いていたいと思っています。スターバックスは個性を表現できる場所です。聞こえる聞こえない関係なく様々な人が交流できる場所は他になかなかないと思うので、こういう環境があることを広めていきたいです」(優瞳さん)

優瞳さんが登場する動画「NO FILTER ―あなたがいる。もっと笑顔になれる。―」はこちら

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現代アートに出合う“共同アトリエ” のような京都BAL店