技術と情熱を次世代へ。パネトーネの頂点を目指すプリンチ®・松田武司シェフのストーリー
イタリア発祥の発酵菓子「パネトーネ」の技術を競うコンテスト「FIPGC PANETTONE WORLD CUP TOKYO 2026(パネットーネ・ワールドカップ東京2026)」が10月28日・29日に開催され、イタリアンベーカリー・プリンチ®のヘッドシェフ松田が日本代表として挑みました。本大会は、イタリア政府が唯一公認する世界最高峰の菓子職人連盟・FIGPCのアジア支部が主催する世界大会です。今回、初めてイタリア国外での開催地として日本が選ばれました。本選に至るまでには世界44か国で厳しい選考が行われ、そこから選び抜かれた11の国と地域の31名が、東京に集結。クラシック・チョコレート・パンドーロ・デコレーションの4部門に分かれて世界一を競います。
日々商品開発に向き合い、多忙な毎日を送るなか、なぜ、世界最高峰の舞台を目指したのでしょう。そこには、この挑戦を通じて後進たちに届けたい想いがありました。試作現場、そして大会当日の様子とともに、その想いに迫ります。
イタリアの伝統と和の融合を求めて
まだ薄暗い朝5時30分。プリンチ®のセントラルキッチンに、松田シェフの姿がありました。2017年にフランスで開催された「モンディアル・デュ・パン」で日本初の準優勝という実績を持ち、プリンチ®では100人以上もの従業員を束ね、本社の会議にも出席。そんな立場となった今も、週に2回行うコンテストに向けた試作の現場では、ひとりの職人としてパンに向き合っています。
酵母の力に左右されるパン作りにおいて、「自分たちに合わせるのではなく、パンの状態に私たちが合わせる」と松田シェフ。酵母菌と対話するように、パネトーネ作りは始まります。
プリンチ®のパネトーネの核となるのは、イタリア本国のレシピを受け継ぎ、日本で自ら起こした伝統的な酵母「パネトーネ種」です。その種を見せながら、松田シェフは「種の管理は、菌の管理です。菌が増えすぎると酸化してしまうので、種継ぎをする。プリンチ®ではパネトーネのシーズン以外にパネトーネ菌を使いません。使わない間も、毎日種継ぎをして管理します。これがいちばん難しいんです」と語ります。

365日欠かさず、小麦粉と水を足して環境をリフレッシュさせる。こうした地道な日々の積み重ねが、パネトーネの豊かな風味を生み出すのです。
今回のコンテストで松田シェフが出場するのは「チョコレート部門」。目指すのは、イタリアの伝統に日本のエッセンスを融合させたパネトーネです。その土台となる小麦には、日本産に比べてきめが粗く風味が出やすいイタリア産を選びました。
力強いこの生地に、日本代表として選んだ和の要素は、「加賀棒茶」です。
「プリンチ®としてのイタリアらしさの中に、どこまで加賀棒茶を立たせるのか、茶葉の種類や割合、バランスが難しいですね」と語り、最終調整はほぼここに絞られました。

主役であるチョコレートとの調和も重要です。
「審査員が日本人ならお茶を強くするけれど、イタリア人の審査員を想定すると、チョコレートが強いほうがいい」と松田シェフ。店頭に出すパンとは異なり、コンテストでは審査員の味覚を意識した構成が求められます。ビター、ミルク、ホワイトの3種類のチョコレートで味に奥行きを持たせ、理想の着地点は「チョコレートを感じながら、加賀棒茶で終わる」。その味わいを求めて、調整を重ねていきます。

この試作を重ねてさらに完成度を高め、コンテストの3~4日前に本番用を焼き上げ、審査前日に松田シェフ自らの手で会場へ持ち込みます。世界一のパネトーネを目指す、胸の内にある想いとは何なのでしょう。
若い世代に背中を見せる。コンテストにかける想い
コンテストに出る意味を、松田シェフは「一から考えること」だと語ります。
「お店でおいしいものを作るのとは違って、“こういうものを作りたい”と思った時に、レシピをすべて自分で組み上げていく。だからこそ“ものづくりを一からやる”きっかけになるんです。その経験は、後々の商品開発にも必ず生きてきます」

「もともとは夫婦でもできる仕事だと思ってこの業界に入ったので、日本代表として4回も世界に出るなんて思ってもみなかった」と笑う松田シェフ。しかし、そうした挑戦があったからこそ、今、世界のトップシェフともつながりがあり、それが仕事の幅を広げたと考えています。その経験を踏まえ、若い職人たちにもチャレンジしてほしいと語ります。
「やったらやった分、自分の世界が広がり、職人としてのレベルを上げ、選択肢を広げることができます。だからこそ、自分が率先してコンテストに出る姿を見せることで、若い職人たちにも『やってみよう』と思ってもらいたい。彼らがやりたいと手を挙げた時に、挑戦させてあげられる環境を作っておきたいんです」

そんな後進への想いを胸に、再びワールドカップの舞台へ戻った松田シェフ。昨年の予選で作ったのは、プリンチ®でホリデーシーズンに販売している「パネトーネ チョコラート マローネ」です。本選では、数年前から構想を温めていた、加賀棒茶を使ったパネトーネを出品しようと決めていました。
「プリンチ®にはクラシックとチョコレート、2つのパネトーネがある。第3のフレーバーを出すなら、和の要素を入れたい。それなら加賀棒茶がいい」と語る松田シェフ。コンテストへの出品は、プリンチ®の未来へとつながっているのです。
世界を目指す舞台から広がるプリンチ®の未来

そして迎えた10月28日。会場となるイタリア文化会館のホールには、本場イタリアはもちろん、フランス、ハンガリー、エクアドル、台湾、シンガポールなどトップシェフたちのパネトーネがずらりと並びました。松田シェフが挑む「チョコレート部門」の出場者は11名。FIPGCの会長を含むイタリアの審査員4人と、日本の審査員2人の合計6人による、厳正なブラインドテイスティングです。
審査はステージ上で公開され、番号順にひとつずつ丁寧に進められました。
開封されたパネトーネはまず計量された後(規定は1000g、±50g)、審査員がまるごとの外観と、中央でカットした断面構造をチェックしていきます。パネトーネを切るパンナイフの音が会場に響き、カットされたピースが審査員へと運ばれると、緊迫の食味審査へ。香り、味わい、触感、技術完成度、保存性の各項目を細かく精査します。

配られたピースの器を鼻に近づけ、まずはじっくりと香りをチェック。ちぎって生地の状態を細かくチェックする人、口に含んで目を閉じる審査員…香りや味わいを五感で確認しながら、審査用紙の記入が進められていきました。

そして翌29日、選手たちがそれぞれの国歌が流れるなか会場に入場し、いよいよ結果発表です。
部門ごとに3位から1位まで順に名前が読み上げられ、ステージ上でトロフィーが授与されました。松田シェフは惜しくも入賞を逃しましたが、ともに競い合った選手たちにあたたかな拍手を送り、その健闘を祝福していました。
大会終了後にまた大会に挑戦をしたいか尋ねたところ、意欲を見せつつも「私が出場すると後輩たちが出づらくなってしまう。お店の従業員のなかで挑戦したいという人が出てきたら、その後押しをしたいですね」と迷いなく答え、出場前に語っていた後進たちへの想いはぶれることはありませんでした。
「入賞作品をこれから試食して、大会の傾向をつかみたい」とガラ(祝賀会)の会場へと向かっていった松田シェフ。どこまでも前向きな姿勢が印象的でした。

大会を通して得た経験や気づきは、商品に生かされるだけでなく、ともに働く職人たちへの刺激や学びとなって受け継がれていきます。そして、職人たちの情熱が詰まったプリンチ®のパンを通じて、みなさまにこれからも特別な体験をお届けしていきます。